潰瘍性大腸炎 年収1200万超から240万へ 体験記-19

新年を迎え、仕事に向かうカバンの中には

病院の診断書と退職願が入っている。

会社を辞めようかと考え始めたのは、最悪期に訪れた年末年始の海外旅行でのトイレが始まり。

あのロダンを制作したブロンズ像の「考える人」みたいな恰好だったかな。

↑ こんな感じ。(笑)

以前にも書いたけど、上司との関係は決して良くなかったから、ストレスは常にMAX。

まぁ、自分にも悪いところはあっただろうけど、上司の仕事に対する姿勢が好きじゃなかったね。

同僚が暑い夏に営業回りから戻ったら、腕を組んで寝てたって言うから、呆れちゃうよ。眠かったらせめて喫茶店にいけばいいじゃない。無神経というか、気遣いがないというか・・・。

その後、自分もその光景を目の当たりにしたんだけど、その上司とは会話もしたくもなかったし、ほとんど接点を作らないよう日々過ごしていたんだよね。

とは言え、

大きな会社と取引が決まりそうだったから、上司を立てようと客先に連れていけば、携帯が「ピロピロ」なってさぁ。しかも電話に出ちゃうんだよねぇ。(← 普通出ないよね)

緊張感なし、やる気なし。
普通は電話に出ないと思うけどね。

会話も止まって、お客さんの目が上司にくぎ付け。当然、会話もストップ。オイラは恥ずかしかったなぁ。

他にも書きたいことはあるのだけど、まぁ職種も分かってしまうからこれくらいにしておこう。

このような環境だったこともあって、なかなか渡すタイミング(渡しにくい)が見つからず退職願いはカバンの中に入れたままの日が続いてね。

1月も終わりに近づいて、

切りよく3月に辞めるとなると、そろそろ伝えないといけない時期になってきた。

「○○部長、お話がありますので、お時間をいただきたいのですが・・・。」

とうとう辞めるのかぁ。。。

社長と部長を前に病気の説明をして、営業を続けていくのは厳しいことを伝えた。事務職に異動の話も出たけれど、ストレスを減らすには、辞めるのが一番だ。

いまの仕事を続ける選択肢はない。

続ける意志がないとわかるや、社長、部長共に管理職とは思えない発言の数々が飛び出した。訴えたら大きな社会問題になったんじゃないかなぁ。だけど不思議とイラつきもなく、こちらは冷静に応戦できた。

さぁ、あとは自分で食べていくしかない。

一応、仕事をしながら少しずつ学んだパソコンを使った仕事を始めることにした。

ブログタイトルには

「年収1200万超から240万へ」

と書いたけど、貯金を崩して給与に充てているだけだから、実質マイナス。。。しかも住民税は前年の収入分を支払うから大赤字。(^▽^;)

妻が働いていてくれていたから、精神的にはラクだったけど、お客さん獲得のためには、営業に出ないといけないから大変だった。。。

正直、潰瘍性大腸炎になってしまったらストレス軽減のために仕事を辞めることはオススメできる。だけど基本的にストレスのない職場っていうのは無い(少ない)だろうから、今の仕事を辞める前に、何か収入の確保を探りながら日々過ごすのがいいかも。

親戚が会社を経営しているのであれば、事情を説明してしばらく働かせてもらうとか、親と同居しているなら、しばらくアルバイトで生活するとか・・・かな。

何はともあれ、

潰瘍性大腸炎を患って仕事を辞めるには、それなりの条件が必要と思わざるを得ない。

オイラは若い頃にいろいろアルバイトを経験してきていたし、成人してからも転職も何度かしてるから、それほど怖さはなかったけど、実際に辞めてみて、過去の経験なんて関係ないかもなぁって感じたね。。。(苦笑)

だってまともに働けないからね。。。

就活やアルバイト探しでも病気は隠し通した方がいいのかなぁと思うし、のんびりできる環境があるのであれば、症状が軽くなるまで、ゆっくりしてるのがいい。

失業手当は、

自己都合で辞めた場合は、3ヶ月後からの支給。会社都合の場合は、すぐに給付されるから、覚えておいた方がいいね。

オイラは仕事を辞めてから2年弱は、潰瘍性大腸炎も収入も大変だったけど、ストレスが激減して体調もよくなってきたから本当ラッキーだった。2年半を過ぎる頃には、寛解に!!

また詳しく書くけど、自分の場合は職場ストレスが大きかったようで、辞めたことが最大・最高の治療薬になったような気がする。

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「おなかがグー」の管理人シンメイです。日々の出来事や体験などを投稿していきますので、よろしくです。 ブログタイトルの「おなかがグー」は、パソコン等で情報を集める空腹時にも似た日々の作業と潰瘍性大腸炎である私のお腹の具合をイメージして名付けました。